議論していて思ったこと。
「文書検索システムはRDBMSの中の重要な数値データを含むものは検索できない。
でも、それが出来ないと、充分ではない」
確かに、ユーザ視点だと、文書データであろうがRDBMS内のデータであろうが
どちらも検索できて当然だ。
「システム上の仕掛けが違う」というシステム屋の理屈も、
それはシステム屋がそのようにした(そのようなシステム上の仕掛けを採用した・開発した)のがおかしいのである。
今思えばナレッジマネジメントだった(その2)の最後に書いているように、単にファイルフォーマットとそのデータ形式の話にとどまらず、それを支えるAplication ArchitectureとData Architectureの両方に関しても、ユーザの素朴な要望に答えられないのが今の情報システムなのかも。
最後にユーザ視点で言われた一言が心に残った。
��一部、意訳あり。
「昔は、紙という共通フォーマット上に文書も数値もグラフも図も書かれており、
紙さえ見つければ(検索できれば)、あらゆるデータが参照できたのに。」
確かに、数値データを蓄えて、いろんな演算を行う上では、現在のRDBMSは最適化されたものだろう。
しかし、「人が見たいものを俯瞰的に見たい」ということをスタートラインにすると、RDBMSは個別最適の特殊なファイルシステムとアプリケーションと考えられなくもない。